夏の涼み話 ― 午前三時の納戸 ―

「……まだ涼み足りないの?
それなら、もうひとつ。夏の夜にぴったりの涼み話を語ってあげるわ。
覚悟して聞いてちょうだい。これは、とある大学生が実際に体験した“納戸の怪”――」


祖母の家に帰省した夏

主人公は、都内の大学に通う二十歳の学生だった。
夏休みに入ると、母方の実家である祖母の家に数週間ほど帰省することになった。

祖父はもう何年も前に病気で亡くなっている。祖母はひとりで古い家を守っていたが、隣近所も離れていて、まわりは山と畑に囲まれた静かな場所だった。

その家には母屋のほかに「離れ」と呼ばれる一室があった。祖父が存命のころに仕事部屋として使っていたらしい。主人公はそこで寝泊まりすることになった。

古い木造家屋特有のにおい。きしむ床板。夜になると、窓の外からは絶えず虫の声が聞こえてくる。
都会の喧騒に慣れきった主人公にとって、それは「不便で退屈」な空間でしかなかった。


日中の退屈な時間

昼間は特にすることもなく、祖母にすすめられて近くの川で釣りをしたり、裏山をぶらついたりした。
スマホの電波は弱く、動画視聴はおろかSNSすら満足に繋がらない。娯楽といえば、古いテレビをつけるか、圏外表示を恨めしく眺めながらスマホをいじるか――その程度だった。

日が暮れると、祖母は母屋で就寝し、主人公は離れで一人布団に横になる。
静けさに包まれた夜、都会ではあり得ないほどの闇が広がる。街灯のない道、黒々とした山影。部屋の障子越しに射し込む月明かりだけが、淡く輪郭を描き出していた。


午前三時の音

初めてその音を聞いたのは、帰省して三日目の夜だった。
深夜、ふと目が覚めてスマホを見ると午前3時を少し回ったころ。
そのとき、離れの横にある納戸から「ドタバタッ」と何かが暴れるような音が響いた。

動物でも入り込んだのだろうか。
そう思い、しばらく耳を澄ませていたが、音は一分もしないうちにぴたりと止まった。
安心して布団に潜り込み、再び眠りについた。

翌晩も同じ時間、午前三時になると同じ音が鳴った。
三日目の晩もまた、決まって午前三時に「ドタバタッ」と音がする。
まるで時刻を計ったように正確だった。

主人公は祖母に話した。
「夜中に納戸から音がするんだ。猫でも入ってるんじゃない?」
だが祖母はきょとんとした顔で笑い、「そんなはずないだろう。気のせいじゃないかい?」と取り合わない。


繰り返される恐怖

それからも毎晩、午前三時になると必ず音がする。
一度や二度ならまだしも、毎晩同じ時間となれば、偶然では片づけられない。
しかも音は決まって数十秒から一分ほどで止まり、それ以上は続かない。

恐怖と好奇心が入り混じり、主人公の胸に不安が募っていった。
やがて、意を決して「音の正体を確かめよう」と思うようになった。

「次に音がしたら、その瞬間に扉を開けてみよう」

決意を固めた夜、主人公はスマホを手に、眠ったふりをしながら納戸に耳を澄ませていた。


扉の向こうにあったもの

そして――午前三時。
再び納戸から「ドタバタッ」と激しい音が響いた。

主人公は恐怖に震えながらも布団を蹴飛ばし、スマホのライトを点けて納戸の扉へ駆け寄る。
震える手で襖に手をかけ、一気に開け放った。

その瞬間――鼻を突く悪臭が襲いかかった。
ライトに照らされた納戸の奥、梁からはロープが垂れ下がり、そこに一人の男が首を吊っていた。

見ず知らずの中年男性。顔は腫れ上がり、夏の暑さのせいで腐乱が進み、皮膚は黒ずんで膨張していた。
その体が揺れるたびに梁や壁にぶつかり、「ドタバタ」と不気味な音を立てていたのだ。

主人公は腰を抜かし、スマホを取り落とした。視界は揺れ、意識は遠のき――その後の記憶は途切れている。


警察の調べと遺書

気がつけば翌朝、祖母に揺り起こされていた。
納戸にはすでに警察が入り、現場検証が行われていた。

遺体は死後十日ほどが経過していた。
残された遺書から人物の身元は判明したが、祖母の家とも主人公とも何の関係もない全くの他人だった。
なぜこの場所を選んだのか、なぜ祖母の家の納戸で死を選んだのか――その理由は分からないままだった。

ただひとつ確かなのは、主人公が何夜も聞いていた「午前三時の音」が、**男が命を絶ったその瞬間の“痕跡”**であるということ。
死という行為が、時間に縛られ、この世に刻み込まれていたのだ。


アイリスの締め

「……夏の夜に繰り返し響く音。
それは猫でも、風でもなく、確かにそこにあった“最後の瞬間”。
時は過ぎても、その痕跡は消えない。
あなたの家の納戸からも……聞こえてこないかしら?」

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