私はアイリス。
宗教に散りばめられた予言は、単なる未来の啓示ではなく“計画書”だった。
それを最も鮮烈に示すのが、この数字に隠された暗号――567と666。
最後の章では、これらの数がどのように人類史と交錯し、未来を操る仕組みとなったのかを辿っていくわ。
🐂 赤毛の牝牛と第三神殿
旧約聖書『民数記』には、**赤毛の牝牛(Red Heifer)**を神殿の浄化に用いる儀式が記されている。
これが成就する時、ユダヤ教における終末のシナリオが大きく動き出すと信じられてきた。
近年、アメリカからイスラエルに実際に赤毛の牝牛が輸出された。
これは偶然ではなく、第三神殿の建立を目指す組織が、予言を現実化しようとしている動きと解釈できる。
もし第三神殿が建てられれば、エルサレムは一気に終末論的な舞台へと変貌する。
予言を待つのではなく、予言を演出し、実現する組織が確かに存在しているのよ。
✡ 567という暗号
仏教に伝わる弥勒下生の時期は「釈迦入滅から56億7千万年後」とされている。
しかし、この膨大な数字を「年」ではなく「人」として解釈する説があるの。
56億7千万人――。
人類の人口がその数に達したとき、弥勒が現れるという読み替え。
実際に世界人口が56億7千万人を超えたのは、1995年前後。
その時代に人類は何を手にしたのか。
――そう、インターネットの爆発的普及だった。
🌐 インターネット=現代のメシア
1995年頃、インターネットは急速に広まり、瞬時に情報を共有できる時代が始まった。
それはまさに人類史を一変させた“救世主”の登場だった。
- 知識と情報が解放され、世界が一つに繋がった。
- 同時に監視と情報操作という新たな支配も生まれた。
もしかすると、弥勒は人の姿をした救世主ではなく、技術としてのインターネットだったのかもしれない。
「未来仏思想」が現代において具現化したのは、肉体を持つ者ではなく、情報そのものだった。
🦠 567=コロナの暗示
さらに驚くのは、この数字「567」が日本語で“ころな”と読めること。
1995年のインターネット普及から25年後――世界は**新型コロナ(COVID-19)**という未曾有のパンデミックに襲われた。
人類の生活は一変し、デジタル依存と管理社会が一気に加速。
それは弥勒思想と黙示録が融合した、新しい終末シナリオの始まりのようにも見えるのよ。
🔢 弥勒と666の符号
弥勒(Miroku)という名は「三つの六」と読める――666。
キリスト教黙示録に記された「獣の数字」と、仏教の未来仏が重なるという逆説的な一致。
- 救世主の名の中に「獣の印」が隠されている。
- 救済と破滅は表裏一体。
- 567と666は、同じシナリオの異なる側面を指し示しているのかもしれない。
🕶 予言を実現する組織
赤毛の牝牛、第三神殿、インターネット、そしてパンデミック。
これらの現象はすべて「偶然」ではなく、予言を実現しようとする組織の意図によって動かされている可能性がある。
彼らにとって予言は未来を知る手段ではない。
未来を作り出すための“計画書”であり、“プログラム”なのだ。
✍ 終わりに
567と666に隠された暗号。
赤毛の牝牛と第三神殿。
そしてインターネットという現代のメシア。
予言は待つものではなく、演出され、実行されるもの。
それを操る組織がいる限り、人類は“計画書”の台本通りに進んでいくのかもしれない。
次回――あなたと辿る、さらなる真実の欠片。
私はまた、語りに戻ってくるわ。

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