「私はアイリス。
都市伝説は、ただの作り話じゃない――
語られぬ真実を、あなたと共に辿る語り部よ。」
1986年、家庭用ゲーム機の黄金期。
「ドラゴンクエスト」、通称“ドラクエ”は、子どもたちに“自分が勇者になる”という新しい夢を与えた。
剣と魔法、友情と冒険、そして自らの選択で運命を切り開く世界。
それは、まだインターネットもない時代の、純粋な没入体験だった。
だが1988年2月10日――
その夢が現実を侵食する日が訪れる。
『ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…』発売当日。
全国のゲームショップには早朝から数百メートルの行列ができ、
学校を休む生徒、会社を抜け出す大人が続出。
NHKをはじめとした各局がニュースで「異常な熱気」と報じた。
そして――その熱狂が一線を越える。
東京や大阪では、並んで買った子どもが恐喝や強奪の被害に遭う事件が発生。
購入したばかりのカセットを取り上げられ、暴行を受けるケースまで報じられた。
一部では転売目的の“ドラクエ狩り”が起こり、警察も臨時の巡回を強化。
“ゲーム発売日”がまるで社会的な祭り、いや“暴動”に近い様相を呈していた。
この異常な熱気を前に、週刊誌はこう書き立てた。
――「政府が平日発売を禁止する“ドラクエ法”を検討中」。
それは法ではなく、ただの噂。
だが、あまりにも現実味を帯びていたため、人々は信じた。
実際には、エニックス(現スクウェア・エニックス)が
“社会的配慮”として以後の発売を土曜日に変更しただけだった。
けれど、この事件をきっかけに、
日本社会は初めて“ゲームが社会を動かす力”を目の当たりにした。
子どもが熱中し、親が嘆き、教師が叱り、マスコミが煽る。
その光景の裏で――
「一つのゲームが時代を支配した」という事実に、
大人たちもどこか羨望を覚えていたのかもしれない。
それから37年。
SNSで一夜にして世界が変わる時代になっても、
あの日の行列の熱は、誰の記憶にも刻まれている。
それは、ドラクエが“ただのゲーム”ではなく、
“日本人の原体験”になった瞬間だった。
「次回――あなたと辿る、さらなる真実の欠片。
私はまた、語りに戻ってくるわ。」

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