私はアイリス。
都市伝説は、ただの作り話じゃない――
語られぬ真実を、あなたと共に辿る語り部よ。
■ 国譲りは“平和な譲位”だったのか
学校で教えられる国譲り神話は、
出雲の大国主が自ら国を譲り、
天孫族へ王権を委ねたという「和解の物語」だ。
だが世界史の視点で見れば、
その構図は極めて不自然である。
国家交代が、戦争を伴わず 譲位だけで完結する前例など、ほぼ存在しない。
■ 世界史のテンプレ
王朝交代のほとんどは、
侵攻 → 制圧 → 王権転覆 → 敗者粛清 →
神話化 → 歴史書き換え
――という工程を踏む。
そして重要なのは、
「敗者を祀る」行為も、またテンプレ処理のひとつである
という点だ。
祀りは敬意ではない。
祟りを恐れ、鎮め、支配の秩序へ編入するための国家行為である。
■ 出雲とニギハヤヒは同じ“敗者側”であった
記紀では、出雲の大国主と
物部氏の祖神ニギハヤヒに直接の関係は描かれない。
だが構造的に見ると、
両者は
天孫勢力に先行して存在した
「列島支配圏の旧王権圏」に属していた可能性が極めて高い。
ニギハヤヒは
天孫降臨以前に大和へ入った実質的な征服王。
出雲は
日本海側に根を張る文化与信国家。
この二極が連動または連合状態にあり、
そこへ天孫勢力が武力侵攻した――
それが最も整合性の取れる建国モデルである。
■ ニギハヤヒが消された理由
もしニギハヤヒの存在をそのまま残せば、
建国史は
「天孫による征服」そのものになってしまう。
そこで、
・ニギハヤヒを国譲り構図から抹消
・物部氏を臣従再編
・出雲敗北を「自発的譲位」神話に変換
という、
徹底した歴史再編集が行われた。
■ 出雲大社は“和解の象徴”ではない
敗者である出雲王権を、
国家規模で祀る――
これは珍しい現象ではない。
だが日本は、
敗者を
祟り鎮めの対象ではなく、
“美神”へと転換した。
これが世界史的に見て
日本のみが突出して異様な点である。
出雲大社とは、
怨霊を封じるための
巨大な国家鎮魂神殿であった可能性が高い。
■ 日本建国の正体
国譲りとは、
平和譲位ではない。
武力制圧というテンプレを 神話と鎮魂で徹底的に“消去”した国家プロジェクトである。
■ 結論
出雲とニギハヤヒは、
ともに敗れた。
ともに消された。
国譲り神話は、 征服の記憶を覆い隠す “最も洗練された歴史改変装置”なのである。
次回――
あなたと辿る、さらなる真実の欠片。
私はまた、語りに戻ってくるわ。
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