私はアイリス。
都市伝説を追うとき、必ず行き着くのは「予言」という不思議な言葉。
未来を言い当てたとされるその記録は、神秘の輝きに満ちている。
だが――本当にそれは神が示した“奇跡”だったのかしら?
それとも、人の手によって仕込まれた“未来計画書”だったのか。
✝ キリスト教の予言書
キリスト教において最も有名なのは、「ヨハネの黙示録」。
そこに描かれるのは、恐怖と破滅、そして最後の審判。
「獣の数字666」や「七つの封印」など、象徴的な言葉は現代まで解釈を生み続けているわ。
けれど考えてみて。
その記述は、偶然未来を言い当てたのではなく――
“当てさせるように”歴史を進めてきた闇の組織の台本だったとしたら?
さらに、旧約聖書の預言書も忘れてはいけない。
イザヤ、エレミヤ、ダニエル…数多くの預言者が語った未来は、後世になって「成就した」とされている。
だがそれも「予言が当たった」のではなく、「予言通りに事を運んだ」のだとしたら……?
✡ ユダヤ教の予言書
ユダヤ教の根幹には、選民思想がある。
「我らは神に選ばれし民、約束の地に導かれる」という強固な信念。
旧約聖書に記された預言は、ユダヤ人にとって単なる信仰の対象ではなく――
民族を導き、歴史を方向づける“設計図”でもあった。
そして20世紀。
シオニズム運動が力を持ち、イスラエルという国家が現実に建国された。
まるで旧約の預言がそのまま舞台のシナリオのように実行されていったのよ。
☸ 仏教における未来予言
一見、ユダヤ教やキリスト教とは関わりのなさそうな仏教にも、未来の予言は存在する。
それが **「弥勒菩薩」**の思想。
釈迦が入滅してから56億7000万年後に現れるとされる未来仏。
人々を救済し、新たな世界を築く存在。
長大な時間感覚は神話のように見えるけれど、権力者にとっては「いつか現れる救済者」を待たせることで人々を従わせる格好の思想となる。
つまり、弥勒の物語もまた、ただの伝説ではなく――
未来支配の“道具”として使われてきた可能性があるの。
✍ 終わりに
宗教の根底には必ず「未来を示す書」が存在する。
けれどその正体は“神の言葉”ではなく、“人の計画”だったのかもしれない。
予言書とは未来を当てるものではない。
未来を当たらせるために、権力者が仕組んだ“計画書”――。
次回――あなたと辿る、さらなる真実の欠片。
私はまた、語りに戻ってくるわ。

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